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覚えている者、春日井甲洋。

 

 

彼について考えたいと思う。その前に、以下は全て私の考えであり、他の解釈も存在しうることを断っておく。

彼の天才症候群は、とくに数学に関して優れた頭脳と、卓越した記憶能力だ。

彼はその能力で、あらゆることを覚えている。

一度はコアギュラ型に同化され翔子のことさえ忘れてしまったが、一騎が、カノンが、みんなが信じたことで彼は再び確かな個という存在を取り戻した。かつては傷つけるしかなかったが、彼の時は違った。

「一騎、信じろ」というのは、そのかつて仲間に「あなたはそこにいますか」と語りかけ、まるで花束を差し出して祝福するかのように緑色の結晶を差し出した人物の言葉だ。

傷を負い、痛みを知り、存在を確かなものとした皆城総士は、かつての自分と同じように問いかける友人を信じた。

「前はいたが、もういない」

……彼は、「いない」という言葉によって、自分がここにいられるようになった。

以前彼はそれを認めたがらなかった。いや、直視することを避けていた。

「お前なら助けられたはずだ」という憎しみと怒りでごまかして、きっと見ないようにしていたに違いない。

 

そんな彼が、ついに一騎とともに翔子の死を悲しむことができた。

誰かがいなくなったことを受け入れるということは、そこにいた誰かを受け入れること。

元からどこにもいなければ、いなくなることもない。存在は、いつか必ず消える。

いなくなることを受け入れられないことは、ここにいることを拒否することと同義。

(剣司がそうかもしれない。親友や母親の死を受け入れられず、一時はここにいることを拒否した)

存在が消えても、記憶は消えない。覚えている。だからこそ、人間は誰かの死を悲しむことができる。

誰かがいなくなったという記憶を悲しむのは、いなくなった誰かが確かにそこにいて、悲しむ人がここにいるからできること。

例えば、灯篭流しのように。

話は少し逸れるが、甲洋は総士と同じく、フェストゥムそのものである。いや、ある意味では総士以上に。

彼らの体がケイ素でできているという話ではない。

総士は一騎を同化しようとし、一騎が傷をつけたことで存在を確かなものとした。

そして、その流れは総士によってフェストゥム全体に教えられた。

具体的には、無印最終話で総士がフェストゥムに対して放った

「それが痛みだ、フェストゥム!」

「フェストゥム!教えてやる、僕がお前たちに教えた戦い方の名を!消耗戦だ!痛みに耐えて戦う戦法だ!」

「それが戦いの痛みだ、存在することの苦しみだ、いなくなることへの恐怖だ、フェストゥム!!」

「それが、今ここにいることの喜びだ、フェストゥム」

という一連の言葉をみればよくわかる。

いなくなろうと/ひとつになろうと/還ろうとした→傷/痛みを負う→存在を確立

という総士が一騎によって成したこの一連の流れを、総士はそのままフェストゥム全体に対して行った。これが総士=フェストゥム。

一方甲洋はというと、総士と同じように誰かを祝福しようとしたそのとき、言葉と信頼という、傷とは違うものによって彼は存在を取り戻した。そして、

 

「今はまだ、少しだけ早いの。いつかその日が来るまで…おやすみ、甲洋」

 

という言葉で彼はひとときの眠りに就いた。

この流れ、どこかで見ませんでしたか? そうですアルタイルです。

同化しようとしてきたアルタイルに対して、傷や痛みではなく言葉をかけ(「美羽があのミールに私の声を届けてる」)

(まぁ芹ちゃんが殴りかかりましたがそれはそれ。あれはたとえ勝算がなくとも、織姫を傷つけるものに対抗する・織姫を守るという自分の意志・使命を貫くという芹の「命の使い道」の表れ。そして何より、彼女にとって戦うことは食事と同じ。誰かの命を「分けてもらう」こと。「頂戴、あなたの命」「ごちそうさま」など。この場合も適用できるので、単なる攻撃・傷を負わせるのとはまた少し違うとも解釈できる)

 

「この星で、あなたと対話をする相手は未来にいるの(=今はまだ早い)。その時まで眠りなさい、この島で…」

 

と、ひとときの眠りに就かせた。

甲洋はこの流れを先取りしたものである。甲洋は人類とフェストゥムとの共存の第一歩となり、それはやがて人類全体とフェストゥムという関係の中で実現されていった。

だから、甲洋はフェストゥムそのものである、と私は思っている。

なお、彼の名字は春日井=かすがい=鎹、つなぐもの、である。

​彼の役割は、人とフェストゥムをつなぐこと。

ついでにいえば、対話するのかと思ったら眠らせるだけかよ! というある意味では裏切るような展開も、これを踏まえて見ればまったく唐突な話ではないとわかる。ちゃんと布石はあった。

甲洋の例(と紅音の例;全体に影響が出るまで10年かかった)から、対話をして共存を成し得るには時間が必要ということがわかる。アルタイルそのものについても、「美羽まだ小さいからおはなしできないの」という発言がある。

だから成長しなくてはならないが、急に成長してはたくさんのものを失うことになる。アショーカと初めて接触したとき、美羽に対してエメリーがかけた「そんな風に成長してはダメ、たくさんのものを失うから」という言葉を参照。

​(なお、織姫は「私が幼いままでは島が滅ぶだけ」と発言している。幼いままでいられた美羽との対比、これも皆城家の宿命か。)

 

だからその時が来るまで……おやすみなさい。

さて。話が随分と逸れてしまった。本題に戻ろう。

 

春日井甲洋は、「覚えている者」である。

 

その能力でさまざまなことを日時とともに記憶している。今いる人も、いなくなった人も、かつてそこにいた人も、全ての記憶を、だ。

それは情報集積体であるミールさながら。いなくなった命の記憶を残すゴルディアス結晶と同質。

かつて虚無に落ち、仲間が信じたことで存在を取り戻した彼。いなくなった人が存在したことさえも忘れてしまったことのある彼は、存在の記憶を留めるひととなる。

 

「いなくなっても、そいつがいた証拠はどこかに残る…そうだろ、翔子、カノン」

 

思い人と、「あとを頼む」と彼に託した人。どちらも羽佐間の姓を持ち、空と陸の狭間で戦った者と、過去と未来の狭間で戦った者。かたや蒼穹へと翔けた者、かたや夜空へ花火とともに消えた者。

思われ人・一騎はいなくなった彼女らにそれを教わり、託された甲洋はそれを体現する。彼は、彼女らが一騎に教えた「どこかに残る」の「どこか」になるのだ。

ちなみに、無印24話以降HAE以前、そしてHAE以降EXO19話以前の彼の消息は不明だ。文字通り「世界のどこか」にいたわけである。EXOが終わった後も、もしかしたらどこかをさまよっているのかもしれない。それはそれで素敵だ、と思う次第である。

また、彼が人より長い時を生きたなら(真矢がいるので真矢がいるうちは真矢が一番だろうと思っている)、世界で最も羽佐間翔子のことを覚えているのは彼ということになるだろう。彼が生き続ける限り、彼の記憶の中にはまるで昨日のことのように彼女の言動が息づいている。彼女がいた証は、決して消えない。彼の記憶の中で、彼女は生き続ける……とも、言えるのだろうか。

それともう一つ。

「約束を守る者も、約束を破る者も未来永劫この鎖からのがれる事はできない。しかし、約束は一人だけのものじゃない。この時わかっていたんだ。彼女だけは…」

というのは、無印第5話の謎ポエムこと総士のモノローグであるが、この「約束は一人だけのものじゃない」というところについて考えてみたい。

 

「あなたの帰る場所を、守っています」

一騎と翔子の二人の約束は、周囲に大きな影響をもたらした。具体的には翔子の死、マークゼクスの喪失という形で。小説版やシリウス版においては、この約束そのものが真矢や甲洋と交わしたもの(翔子を守る)も指す。アニメではツインドック設定も出てこなかったのでたぶんなかったと思う。

さて。この約束であるが……無印24話、島のファフナーはたった4機になり、エースパイロットはボロボロ。指揮官もおらず、反撃はおろかこれ以上の島への侵攻を阻むことすら難しい。

そんな絶望的な状況の中に訪れた一つの希望、ミョルニア。

それに応えるように立ち上がった戦士・春日井甲洋。

彼は蒼穹作戦に旅立った仲間の帰る場所を、守り抜いた。翔子と一騎の約束を、「みんなの帰る島を守る」という形で果たしたのだ。

その上マークニヒトによって虚無へと落ちかけた一騎と総士を救ってさえもいる。最高だよお前。

 

時は流れ、HEAVEN AND EARTH。

海中でかつて同化されたマークフィアーは、海中から再び姿を現し、翔子と同じようにフェンリルを使用した暉を救った。

無印8話、「俺は仲間を見捨てることはしないからな……絶対に!」という言葉(ある意味約束)を、真矢と溝口さんに続いて果たした形だ。

ついでにここで自身を海中から救い出した咲良への恩返し(スカラベ型との戦闘で窮地に陥っていた咲良を救う)をしている。なんて男だ。

 

そして第二次蒼穹作戦。彼は島の防衛部隊として、皆の帰る場所を守った。

今回もそれに飽き足らず、やはりマークニヒトによって虚無へと落ちかけた一騎を救い出している。そのあとフィアーはバラバラにされたが、コアは逃げて無事。

 

さて、さらに時が経ったEXODUS。19話ラストにて、同じように海中で同化されかけた鏑木彗の窮地に現れ、救った。今度は人の姿を得て。

「確かに助けたぞ、一騎」

とは、彼の約束そのものである。絶対に仲間を見捨てない。もちろんEXODUSでも一騎を存在と無の地平線から引き上げている。(今回は総士も、ではないのが……なんとも悲しい……)

 

彼は羽佐間カノンによって導かれた。そして彼女に代わって座標を示し、未来を導く力となった。

なお、カノンが飴の袋に書き残した「ありがとう」「さようなら」は、無印24話で甲洋が言い残した言葉である。

また、カノンは「島を奪わせはしない!母さんがいる島を、みんなの島を!!」と発言している。これに対して答えるかのように、現れたカノンと翔子の幻影に

「守るよ、みんなの帰る場所を」

と言っている。今後もこの言葉はEXO22話や23話で頻繁に使われている。これが、甲洋に受け継がれた約束である。

約束は一人だけのものではない。今日を生きる戦いが受け継がれる(EXO4話ポエム参照)ように、約束もまた、受け継がれる。

春日井甲洋は覚えている者である。

例えば約束を。例えば翔子やカノンを。例えばいなくなった人々を。例えば島の穏やかな生活を。

その能力で以って記憶し、世界のどこかに残し続ける。

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