top of page

羽佐間カノンの話をしよう。

 

彼女は竜宮島に生まれ育った子供ではない。

フェストゥムに仲間を、家族を、故郷を奪われた一人の少女だ。

人類軍に拾われて兵士となり、ファフナーに乗って戦っていた。

そんな彼女の制服のエンブレムには、2min.という文字が書かれていたそうだ。2分間で迅速に戦闘を終える、という覚悟だけでなく、今の2分間を生きるだけ、という意味もあるという。

 

彼女はどこにもいなかった。帰る場所がなくなって、目の前には敵がいて、それと戦う手段がある、だから戦う……それだけだった。選ぶ余裕なんてどこにもなかったし、彼女は選ぶということさえ諦めていた。

 

そんなどこにもいない彼女は、島から飛び出してきた少年と出会った。その名は真壁一騎。

竜宮島で生まれ育った彼は、選ぶということを知っている。

自分の家、ひいては島という帰る場所があり、そこでの穏やかな生活の思い出がある。彼の掌中にあるのは戦いだけではない。後の剣司がそうしたように、戦わずに島の中に引きこもるという選択だってあった(一騎がそれを選ぶかどうかは別として)。赤紙は戦いを強制するものではなく選ばせるためのものであり、危なくなったら逃げろと諭す親もいて(澄美)、進路相談をする場所もある。

 

無印17話、カノンは「やっと本当にいなくなれる」と安心した。

選ぶことを諦めてしまった彼女に居場所などなかった。だから本当にいなくなれることに安心したのかもしれない。

そんな彼女に「自分で決めるんだ」と迫った一騎。

「お前はそこにいるだろ、カノン!」

一騎はカノンに、ここにいることを選ばせた。

”カノン”は少しずつメロディが生まれ変わる音楽。”カノン”のように、彼女はまた一つ生まれ変わった。

 

 

さて、カノンは家族を含め多くの仲間を失ってきたが、彼女は決して死んだ人たちのことを忘れてはいなかった。CDドラマGONE/ARRIVEで描写された、彼女の海には、亡くなった人たちの魂の火(ヤコブの火)が浮かんでいた。

「この島の者たちは、死んだ者たちのことを決して忘れないんだな」

というセリフは、今まで彼女が大事に抱えてきたものを島が肯定してくれた、という意味だと思っている。

島に来るまでのカノンは命令に従うだけだった。ただ目の前の敵と戦うだけで、死んだ仲間のことを考える暇もなかった。

一方島では、島の人たちは亡くなった一人一人のことを忘れずに、弔う祭りを行っている。後ろを振り返りたくても振り返る余裕のなかった彼女に対するある種の救済、肯定だったのかもしれない……というのは私の考えすぎだろうか。

 

カノンは島での生活を経て、たくさんの大切なものを得ていく。それは自分を変えてくれた一騎であったり、そばにいてくれた真矢であったり、共に戦った剣司であったり、文字を教えてくれた咲良であったり、帰るべき家と戦う術をくれた容子であったり、島そのものであったり。たくさんの思い出を積み重ね、いろんなものを選んで、彼女はどんどん生まれ変わっていった。

 

そんな彼女に最後に突きつけられた選択は、未来だった。

島の滅びという未来を変えた先に待っていたのは、自分と愛する者だけが生き残った未来か、自分のいない未来か、どちらかだった。なんと残酷で究極的な話だろうか。

 

命を使って彼女が選んだのは、島の未来だった。「やっとこの島に、母さんたちに恩返しができる」と。自分を生まれ変わらせてくれた竜宮島を守ることを選んだ。

「それは、私が心のどこかで望んでしまった未来なんだ。本当の望みかもしれないけど、私の探していた未来じゃない」

彼女は一騎と結ばれることを望みつつも、島の未来を求めた。

命が消えても、存在の記憶が消えることはない。竜宮島は存在を遠い未来まで記憶し続ける場所だ。

でも、その島が消えてしまっては何も残らない。

他にも理由はあるにせよ、だから彼女は島の未来を選んだんだろう、と思う。

 

彼女がいた記憶は決して消えない。彼女が守り織姫と導いた未来が続く限り、永遠に。

 

ありがとう、カノン。あなたが生まれてきてくれて、精一杯生きてくれて、ありがとう。

bottom of page